追悼 女優 長岡輝子先生

今日の夕方、ネットのYahooニュースに「女優 長岡輝子さん 死去」という文字を見つけ、一瞬にして視線は涙で遮られた。

とうとう…。やってきた、この日。
いつかは来るであろう、この日。

高校を卒業して、演劇の道に進みたいと家族に話した時「文化学院なら良いでしょう」と許可が出た。
両親は、筋ジストロフィーの私が芝居の道を志すことを、とても心配していたから。

けれど、「文化学院」で過ごした「時」と「出会った人」は、私の生涯の宝物になる。

演劇コースで芝居の指導をして下さる先生のお一人が、長岡輝子先生だった。

「言葉」の発音に、それはこだわっていらして…私は何度、先生を失望させただろう。

「アナタ!宝塚じゃないんですから、普段の生活で使うイントネーションで言葉を言ってご覧なさい」
ところが、これは意識をすると仲々難しい。ついつい「男役」になってしまって、「気持ち悪い!」と叱られる。

けれど、私は愛情に溢れ、宮沢賢治を愛する先生が大好きだった。

学院を卒業してからも、先生の授業に紛れ込んだ。


長岡先生2
『来歴・人物』

東洋英和女学院卒、文化学院中退。初出演作は『風にそよぐ葦』(1951年 春原政久)。
1928年にパリに演劇修行に留学し、1930年に帰国。金杉惇郎とテアトル・コメディを設立。1939年文学座へ。
1947年、芥川比呂志、加藤道夫、荒木道子などと共に劇團「麦の會」発会。1971年に文学座退団後は、宮沢賢治の作品聖書などの朗読をライフワークとしている。父は英文学者の長岡擴(ながおかひろむ)。
2003年、菊池寛賞受賞。

2010年10月17日の時点で存命している日本の芸能人としては最高齢であった。同年10月18日、老衰のため102歳でその生涯を閉じた。

何年か前、文化学院に用事があって出向いたことがある。
そこで気を利かせて下さった事務局の方が「先生にお会いになりたいでしょう」と仰って、私は高鳴る胸を静めながら先生の車が着くのを待った。

黒塗りのハイヤーが学院の中庭に入ってきて停まり、ドアが開くと運転手が降りて来て後部座席に座っていらっしゃる先生の手を取って降ろしてさしあげていた。

やっぱり、お年を召されたんだなぁ。
それはお互いに一緒だけれど…と、考えながら先生にご挨拶をした。

杖をついて歩く私の姿を見た先生は「あなたも足がお悪いの。お互いに大事にしましょうね」と仰った。

白くすけて見える肌が、その日は少し青く感じる。お元気がないのだろうかと心配になった。


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長岡先生

そうして、今日の午後。

ネットのYahooニュースで、先生が亡くなったことを知りました。

その前後に、学院の演劇コースの先輩からメールでの知らせもあり。

左の写真の、この笑顔を目にすると、涙が溢れてきてしまいます。

いつも授業で読んで下さった「宮沢賢治」が思い出されて。

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18日の未明に亡くなり、近親者のみで式は執り行われた…と、夕方のニュースで流れていた。
私はどうにも、切なくて。先生に一言、お別れが言いたくて。

先生に近い同期のMちゃんに電話をした。

彼女は、長岡先生のごくごく近しい立場にある。

「今日の告別式に行って来たの。だけれど、近親者のみの告別式だったから、誰にも伝えることが出来なくてね。
先生、眠る様に安らかなお顔をしていたよ。

そして、出棺の時には、先生がよく朗読の会で読んでいらした『最上の業』(サイジョウノワザ)が、先生の声で流されたの。その時は、やっぱり泣いちゃった」

その詩を、読んでくれると嬉しいな…。

そう言われて、調べてみたものが、この「ヘルマン・ホイヴェルス」の言葉です。



長岡先生のご冥福を、心からお祈り申し上げます。




「最上の業(わざ)」



この世の最上の業(わざ)は何。

楽しい心で年をとり、働きたいけれど休み、

しゃべりたいけれども黙り、

失望しそうな時に希望し

従順に平静におのれの十字架を担う。



若者が元気一杯で神の道を歩むのを見てもねたまず、

人の為に働くよりも謙虚に人の世話になり、弱って

もはや人の為に役立たずとも親切で柔和であること、

老いの重荷は神の賜物。



古びた心にこれで最後のみがきをかける。

まことのふるさとへ行く為に。



まことにえらい仕事--こうしてなにも出来なくなれば、

それを謙遜に承諾するのだ。



神は最後に一番良い仕事を残して下さる。

それは祈りだ。

手は何も出来ないけれども最後まで祈ることが出来る。



愛する全ての人の上に神の恵みを求める為に

すべてをなし終えたら臨終の床に神の声を聞くだろう。

「きたれ 我が友よ。 我 汝を見捨てじ」と


 ホイベルス神父の「人生の秋に」という随想集より






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2010/10/21 01:01 | 訃報COMMENT(10)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

yimiko様

このニュースはショックだった。人間て、生きている年数じゃないのよね。
ただ、そう思うのは、生きている人間のエゴなのかもしれないな…と思うのは、先生のお式に出席したお友達から聞いた、この言葉。

「先生の『最上の業』は、お名前の通り、輝くように明るくて、晴れ晴れとしてて、軽やかで、清らかで、あたたかくて、バロック風の音楽もついてて、最高でした。

よきサマリヤびとではないけれど、キリスト者の最大によい部分なのかもしれないね。先生は、いつも知人の死についてショックを受けず、あまり悲しまなかった、と常々母から聞いてました。それは、『御国に召される』ことを常に意識しているキリスト者であることと、最愛の最初の夫が夭折した時に、涙を全部流してしまったことが因んでいるのかなと思います」

先生から受けた教えを、自分の財産と出来る様にしたいと思う。

今度会ったら、長岡先生を偲びましょう。

No:3467 2010/10/27 23:59 | Natsu #- URL編集 ]

まきねこ様

へえ!まきねこさんの、長岡先生に対する印象って、そういう感じだったんだね。
確かに、柔らかいだけではない、強い部分も表現される先生だったと思うけれど、「強情」という言葉はイメージしなかった。

でも、まきねこさんのコメントを読んだ長岡先生に近いお友達が「凄い!的を得ている!」とビックリしていたよ。

「確固たる自分」というものを持っていなければ、一流の表現者としては有り得ない。あの時代にパリに演劇の勉強をしに行かれる方だもの。強い信念と、根性と…演劇に対しての強い思いがあってこその「長岡輝子」なのだと思う。

私は先生の授業がとにかく好きで。
今でも、文化の4年間に先生の授業を受けられたことは、私の人生の「宝」になっていると感謝する。

先生の「雨ニモマケズ」を聞いていると、自然と涙が流れる時があるの。
皆の心の中に、先生はずっと生き続けると思うのよ。

最上の業のCDは、購入予定です。是非、先生の声でお聞きしてみたい。ご冥福をお祈りします。

No:3466 2010/10/27 23:46 | Natsu #- URL編集 ]

長岡先生亡くなってしまったのね。
きっとずっとお祈りしてくれていると思います。
お話きかせてね。

No:3465 2010/10/26 12:55 | yumiko #- URL [ 編集 ]

102年の健康をささえたもの

長岡さんの朗読、宮沢賢治の作品は、昔、よく祖母とカセットで楽しみました。
朗読を聴いていると、え? もう少し優しくても?? 
人物の様子など、少し自分が本を読んだイメージと違う所に、ビックリしたものでした。
味はありますが、けして、和やかなタッチだけれはない・・・長岡さんの朗読・・・
何かご本人の強情な部分をチラッを感じることが・・・
(悪い意味ではないですよ)
若輩者ではありますが、その何かちょっとが、102年を支えたのではないか?と想像していまいます。
長岡さんという女優の濃い部分。厳しい授業は先生の気質もあったのではないでしょうか?
奈津ちゃんの朗読素敵だもの。
この時代の、いわゆる、お嬢さんらしく、清く正しい新劇の、ヒロイン女優さんと違い、
その空気を乗り越えて女優として生きてきたのだなと、
朗読から感じました。
杉村さん、賀原さん、そういった女優さんと同じように切り開き、自分を支えたのではないかしら?
大往生の女優さん。すばらしいです!
ご冥福をお祈りします。

No:3463 2010/10/25 08:57 | まきねこ #JfXSGQwU URL編集 ]

daria様

長岡先生は、元々女優さんなんだけれど、最近では「朗読」のお仕事を積極的にされていたの。

授業の時も厳しくてね…^^; 「発音が違います」となると、出来るまでやらされたり…。
「日本の宝」のような方だった。

現在の自分の状態を受け入れて祈る…祈りから与えられる「力」を教わった気のする詩だった。

こうしてdariaさんと巡り合えたことも幸せだねv-238

No:3462 2010/10/25 08:15 | Natsu #- URL編集 ]

rico様

私、恥ずかしながら、先生は「宮沢賢治」の朗読を主になさっていたんだと思っていたの。クリスチャンだったのね。

私達だけで、「偲ぶ会」…やりましょうよ。故人を偲んで皆でお喋りするのって、その方の供養になるんですって。

「蕎麦屋で長岡先生を偲ぶ会」、決定ねv-238

No:3461 2010/10/25 08:05 | Natsu #- URL編集 ]

この詩を選んで朗読してくださっていた先生と出会えて、よかったね。
どんな時でも、ひとりではないと感じられる存在があるのは、生きていて最上の幸福の一つだとおもいます。
恩師も友だちも家族も。巡り合えて幸せだね。

No:3460 2010/10/24 01:39 | daria #- URL [ 編集 ]

いい詩だね。
長岡先生らしいです。

No:3459 2010/10/23 20:40 | rico #- URL編集 ]

nao様

本当に…先生に教わったことは大きかったね。

私達が在学していた頃の文化って、信じられないような偉大な方達から授業を受けることが出来た。
これは「最上の幸運」だよね。

先生のお写真を今日になって目にしても、まだ、涙が浮かんでくる。

来月、naoちゃんに会った時に、一緒に先生を偲びたいと思います。

この「最上の業」は、最後の先生からの贈り物だと思えるほどに、心に響くね…。

No:3458 2010/10/21 22:47 | Natsu #- URL編集 ]

祈ります。

ひとことではコメントできません。
来月ゆっくりと語りましょうね。

長岡先生がいらした時代に学べた事、幸せでした。

No:3457 2010/10/21 09:30 | nao #e.H42Wek URL [ 編集 ]

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