私の事情

今回の「父子モルディブ旅行」顛末記。

今だからこそ、こうして書くことが出来る。
今だからこそ、気楽な文章を綴ることが出来る。

私は、父とはモルディブの海で「お別れ」なのだと本気で思った時期があった。
父らしい…。独り暮らしのマンションよりも、大好きな「南の島で逝った男」。誰から見ても「父らしい」と思わざるを得ない気がしたから。

いつでも、「父の最期」を見届けることが出来るように、私は病院に行くと、父の横にピッタリと寄り添った。恐くないよ。大丈夫だよ。ずっと手を握る。

今回の出来ごとを最初から記そうと思えば、とてつもなく長い時間がかかるのだ。


父が倒れたその瞬間から、私は「非日常」の異空間に迷い込んだ。目にするもの、口にするもの、人との会話、決まった時間に町に響くイスラムのお祈り…。何の予告もなしに「ポン」と放り込まれた「異空間」。



町



精神的に逼迫して、気がおかしくなりそうな時間が続く。
それは「父の病院での付き添い」が私の仕事であったから。

観光で行った土地ではないのだ。「留まらざるを得ない状況」であったから。

一日二回。車椅子でホテルを出る。タクシーで病院へ。車を降りるとすぐに、病院のスタッフが車椅子で迎えてくれる。面会が終わると、ホテルの部屋に戻って夜の部に備える。

私は日本に居る時よりも、はるかに車椅子に頼る生活となった。
時折、「歩く」ということを忘れてしまう時さえある。
一週間もそんな日が続いて、私はホテルの部屋の中でも転ぶようになった。

すると。発作的に「歩きたい!」どうしようもない欲求と、身体を動かすことの出来ない不満が私のストレスのピークに達するのだ。

「ああ、頭がおかしくなりそう!」

この相手をしてくれたのは、日本に居る主人。主人は「国際電話代」を気にしていたけれど、他に誰が30分ものお喋りに付き合ってくれると言うの ><
私の気は変になりそうだというのに。

そして、モルディブ(首都マーレ)と日本の生活習慣の違い、文化の違い、宗教の違い…本当に「違うこと」ばかり。その中には「法律で禁止されている事項」もある。

アルコールの持ち込み、または飲酒は法律で厳しく禁止されている。
ワインを二本持っていた人が逮捕されたニュースが新聞に出る。戒律の厳しい国なのだ。

マーレという首都では、絶対に絶対に絶対に、アルコールは手に入らない がーん

滞在しているホテルから「グランドオープンのご招待」が届く。
とても、そんな気分にはなれない。

私はその日の昼間、ICUの父の隣のベッドの若者がが亡くなった瞬間に立ち会ってしまったショックで…夜の見舞いには行くことが出来なかった。胃がキリキリと痛む。
しどころなく、部屋に一人居る私のところに、STWのGM、サイードさんとスタッフの麻美ちゃんがお見舞いに訪ねてくれた。

彼らは、ホテル主催のグランドオープンに招かれていた。

「招待状」には「楽しい時間をコーヒーとお茶で如何ですか?」と書かれていたような気がする。

二人には申し訳ないと思ったけれど、「パーティーでお茶なんか飲んでて楽しい?」と思わず口にした。麻美ちゃんはイケる口なので「そうですよねー」と調子を合わせてくれるけれど、サイードさん(モルディビアン)には、私の質問の方が不思議そうだった。

何の覚悟もなく、ポンと異空間に放り込まれることの衝撃。

モルディブ人のシャワーは水であること。トイレにはペーパーの代わりにホースが設置してあることなど…。



トイレ



主人は、絶対にモルディブに行くのは「嫌だ」と言っていた。
私は自分の薬がなくなる事態に逼迫していて、薬を取りに一時的に成田に向かおうと思った。本気だった。

加えて、あの歯の強烈な痛み。とにかく10時間のフライトに耐えて、成田から日比谷の歯医者と新橋の大学病院へ行くしかないと思った。

それを止めて下さったのが、STWの根津さんなのだ。三日間で10時間のフライトを二回も繰り返すということは、身体にかなりの負担となりますよ…と。
そして、お父様が急変したらどうしますか?と。

今では、この適切なアドバイスに感謝してもしきれない。
そして、どうしようもない逼迫した事態に、夫が一人でマーレまで来てくれることになった。

結局、私は帯状疱疹になったけれど、そんなこと!
覚悟の上だもの。

今回の件に関して、STWのスタッフの方たちがいなければ…確実に私たちは「家を一軒売らなければならない事態」になっていたはず。

スタッフの方たちには本当にご迷惑をお掛けした。
そして、言い尽くせない「恩義」を深く感じている。

やっぱり…。

この旅行記を記すことが、せめてもの、彼女たちへの恩返しになると思うのだ。

どれだけ、「カヌフラ」というリゾートが素敵な所だったか。
夢のような時間を過ごしたか。

そして、過酷なマーレでの生活。

改めて…そんなこんなを綴っていきたいと思う、夜中なのだ。



助けてくれた、カヌフラのミキちゃん、ユカちゃん、アティフ。
マーレのホテルで、いつも助けてくれたSERENA、PITER、PIA、NICOLE…本当に色々な人。


MIKI.jpg

(カヌフラのMIKIちゃん)



これから、私の一番辛い時期を支えたくれたアナタ達のこと、書かせてね。
生涯の記録として、残しておきたいの。

SERENA.jpg

二人


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2010/01/09 23:55 | 旅行のことCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

コメント

マッキー様

マッキーちゃん、そう言ってくれて有難うe-263

「あの時のあの感覚」を、どう伝えれば良いのか…余りにも非日常的で、余りにも衝撃的な出来ごとだったので、どこまで読んでいる人に伝わるだろうかと不安だったの。
なので、起きた出来事を書く順番もバラバラ。内容もバラバラ。…まだ整理しきれていないのかもしれない。
だからこそ、綴ってみたいと思っているので…お付き合い下さいませねe-415

マッキーちゃん、ラジカセ!良いアイディア!やってみるね!父とは通じる会話もあり…私を「Natsu」として認識出来ていない時もあり…前よりは大分良くなった様な気はするのだけど。

いっつも有難うe-420

No:2422 2010/01/10 22:49 | Natsu #- URL編集 ]

ここ最近のブログを読んで、改めてNatsuさん、よく頑張ったな~って思いました。
帯状疱疹まで出ちゃって。o(;△;)o
助けていただいた人のお陰ももちろんあると思うけど、異国の地で本当にNatsuさん頑張ったと思うよ。

Natsuさんがお見舞いに行けない時、お父様にラジオか好きな曲をかけてもらうといいかも知れません。(ラジカセで)
耳から入ってくる音や情報で、記憶が鮮明になり言葉が出てくるようになる効果があると聞いたことがあります。

No:2421 2010/01/10 18:24 | マッキー #69Ur9rbI URL編集 ]

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