24時間、増す痛み(涙)(マーレ 回想録)

この左奥歯の痛みは、何かの予兆だったのだろうか。

父の様子がおかしくなる、ほんの少し前から始まった痛み。

「イタイ、イタイ」

その言葉を最後に、後は視線を泳がせて、言葉にならない「音」を発している。
オカシイ。

人を呼ばなくてはと、直感した。
すぐに、日本人スタッフのYUKAちゃんを呼ぶ。この状態を、英語で伝えるなんてとても出来ない。

YUKAちゃんは、父の様子を見て言った。

「あら?どうしました?日射病ですか?とにかく、お部屋に戻りましょう」

父はYUKAちゃんに言われるまま、歩きだした。

あれ?普通に歩くことが出来るんだ。私が大袈裟だったのかしら?
バギーで、身体の震えだした父と一緒に、プールサイドから部屋まで送ってもらう。

「その瞬間」が来たのは、父が部屋のベッドに横になってからだった。

父の様子は、誰が見ても「何かの発作」のように見える。緊急性を感じる。リゾートのクリニックのDrが部屋に来た。

「今すぐに!首都のマーレの病院に搬送する。手配をして!」

英語で、何かを早口に話していた。

プールから上がったままの水着姿だった私は、とにかくTシャツとショートパンツに着替えた。
事態を呑みこめていない私は、取り敢えず…普段、持ち歩くbagを一つ持って、「洋服に着替えた状態」で父に付き添う。

二人しか居ない、カヌフラの大事な日本人スタッフであるYUKAちゃん。彼女は、マーレまで私たちに付き添ってくれるのだと言った。
申し訳ない気持ちと…彼女が居なければ、病院での会話など理解しようもない私は有難く、その申し出を受けた。



YUKA&父

(倒れる日の前日、レセプションにて。YUKAちゃんと)



父の大好きな「水上飛行機」。
意識を失う寸前まで、軽い足取りで桟橋を歩き、子供のように無邪気な様子で見入っていた、その水上飛行機。



エアタクシー 2



エアタクシー




皮肉にも、その機体をチャーターすることになるとは。
元気な姿で乗ることが出来れば良かったのにね。ストレッチャーでは、外の景色が見えないね。

機内で、父の身体の震えは止まらない。時折、苦しげな表情をする。

「頑張って!」

何が起きたのか分からない私には、祈ることしか出来なかった。Drは、父の身体を必死に支えていてくれた。

その時から、私は「強烈な奥歯の痛み」と戦うことになる。
父の異変の前から始まった、不思議な痛み。

40分間のフライトの後、水上ボートに乗りついでマーレに着いた。

その頃、私は普通に口を閉じることも出来ないほどにズキズキと痛みだした奥歯に閉口していた。



ボート



父がICUに入ることが決まったあたりから、私の痛みはピークに達していた。
けれど、こんな緊急事態に「私、歯が痛いのです」…とは、とても言えない。

人に相談することの出来ない状況は、精神的に逼迫する。

今、思えば…完全なるストレス性のものだったのだけど、そう思えるまでは、「歯医者のためだけの一時帰国」も考えたほど。
今、思えば「留まって良かった」。10時間のフライトを三日で繰り返すことは身体に負担があると、STワールドの新宿支店の根津さんに止められた。

けれど、このこともあって、夫はようやくモルディブまで来てくれる気になった。

精神的に全てが追いこまれていた私は、彼のマーレ到着と共に、歯の痛みを忘れることが出来るようになった。

精神的ストレスは恐ろしい。
こうして、「スイカとメロン」だけの食事から解放された。痛くて、その以上の物は口に出来なかったから。


父がマーレに入院したその日の夜、寝ている時に奥歯を噛みしめたようで…余りの痛みに飛び起きた。
あの時の光景、その後、痛みで眠れなくなったこと。

全てが鮮明な記憶として残る。

父も自分の身体と戦っている。
私は歯痛と戦っている。

親子の戦いは、マーレ初日から始まっていた。



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2010/01/08 07:01 | 旅行のことCOMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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