ここ暫く、blogの更新が出来ずにいた。
理由は…「おでき」 
「おでき」と聞くと滑稽な響きだけれど、その実、強烈な痛みなのだ。
先週の木曜日から、おできは急激に育ち始めた。
週末に、高校時代の友人たちとの一泊旅行を控えていた私は動揺した。
出来た位置が悪いのだ。椅子に座ると丁度当たる、足の付け根の臀部の一部。
これが又、劇的に痛い。けれど、町なかの医者に任せるのには勇気がいった。
私は今、ステロイドを服薬中で、切った傷は治りにくいのだと、血液内科の主治医には再三言われていることだった。
抗生剤だけで治るなら良いのだけど、万が一、切られたらどうしよう…。
けれどもう、我慢の限界を超えた痛みだった。
夫が会社から戻るなり、「病院に連れて行って!」と頼みこんだ。
結果、ステロイドを服用していることを伝えると、医者は「お掛かりの大学病院の外科で処置をなさって下さい」とのこと。服用中は、傷の治りが遅いのだ。けれど、その場で切られなかったことに安堵したのは事実。
「どうか、抗生剤だけで治ります様に…」と、必死で願ったのだけれど。
残念なことに「抗生剤」は効果を発揮しなかった。
一晩で、前日の倍ほどの大きさに育った「おでき」はその週末、私に究極の「忍耐」を強いる。
土曜日の午前10時、友人たちと八景島シーパラダイスで待ち合わせをした。
女子高時代のクラスメイト4人と夫。
車を降りて、車椅子に移乗した時から悲劇は既に始まっていたのだ。
照りつけりる陽射しは、私たちの肌を突き刺す。加えて、私はお尻に感じる激烈な痛みに耐え続けた。
痛みは、車椅子の振動を経て、容赦なく私を襲う。

夕方、横浜のホテルに移動する。
シャワーを浴びて、さっぱりしてから階下のレストランで夕食を取ることにした。
レストランの椅子に座った時から、本当の悲劇の序章は始まっていたのだ。
食事を終えて、一つの部屋で集まる約束をした。
一年に一度の女だけのツアー。(夫は例外)
女友達4人は、この日を楽しみに一年を過ごす。…と言っても、大袈裟ではないくらい

このツアーの最大のポイントである「夜の語り合い」だというのに、そこで私の「おでき」は限界を迎えた。もう、椅子に座ることは不可能だ。患部が直接、椅子に当たるので、人の話も集中して聞くことが出来ない。
一人、ベッドで横になって参加していたけれど、その態勢にも限界が来て…。
結局、私は23時には、自分の部屋に戻ることにした。とても残念!皆とのお喋りを、うんと楽しみにしていたのだけど

友人と夫は「おできなんか、針で膿を出さない限り、良くはならないんだからね。早く楽になりなさい」と言う。そして、夫は針を探そうとしている。皆の会話を聞いていたら鳥肌が立ってきた。
けれど、部屋に帰って見てみると、もはや…それは「おでき」と呼ぶには、限度を超えた腫れ方だった。
患部はジンジンとして、目が冴える。横浜のホテルの窓の外は、きらめくネオンが街を彩っている。その景色さえ悲しく映る。

真剣に、深夜、救急外来を尋ねようかとも思ったけれど、耐えた。ひたすらに耐えた。
そして翌日、皆と別れて、掛かり付けの大学病院の救急外来に直行した。
診察室で、ひたすら医師が現れるのを待つ。おできを切られるのだと思うと、心臓の音が廊下にまで聞こえそうだ。
結局、さすがERの医師は手際が良くて、想像はいたずらな妄想に終わった。
麻酔をして、メスで切り、膿を出したとのことだった。
…と。これで終わりかと思われたのだけど…。未だ残っている「しこり」と、メスで切った傷口は出血もすれば、痛みが残る。
やっぱり、ステロイドのせいで傷も治りにくい。
暫くは安静に…とのことなので、この三連休。どこへも出掛けずに、ひたすら部屋の片付けに終始する。
(あー、本当はどこかにお出掛けしたい気分だけれど)
「おでき」は侮れません。この「安静状態」も、いつまで続くことやら…。気合いで耐えるしか無いのね

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2012/09/15 23:50 |
病気のこと
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