落ちた…

お、お、お、お、恐ろしい…。

それは、確かに私が悪かったのでしょう。ボーっとしていたのだと思います。

夕闇せまる頃…自宅を出ました。
私は車椅子ユーザーでもありながら、まだ歩くことも出来ます。短い距離なら。ゆっくり、ゆっくりと。

我が家は玄関を出ると、7段くらいの階段があるのです。

引っ越してきてしばらく経ったある日。
私は「蒲田行進曲」(つかこうへい作)の「銀ちゃん」が如く、それは見事な階段落ちをしました がーん



PureFocus45_Moon01.jpg

PHOTO ST  by


それ以来。
気を付けていたのになぁ。
手摺りに確実につかまって、一歩一歩、確かめて。

ああ、それなのに。

今、集中力が異常に欠けている状態です。

気付けば。

私は階段を二段踏み外して、思いっきり膝をコンクリートに打ちつけていました。
その後、無様にひっくり返り、カエル カエル のような姿で夫に気付いて貰うのを待ちました。しくしく 涙

いけませんわ!こんなことでは!

しっかりしなくては!

せっかくちょっと、気を持ち直しつつあるところなのだから。

なので、頂いたコメントのお返事は明日にして、今日はもう休みましょう。


もう!落ちないわ!

けれど、一生、あの階段から「落ちない」という保証はどこに???

やっぱり、寒さで筋肉が硬くなっているのでしょうね。
気を張ります。気を付けます。



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2010/01/26 23:55 | 筋ジストロフィーCOMMENT(20)TRACKBACK(0)  TOP

カレーライスで筋肉痛

今日は友達と外で会う予定だったのだけれど、急遽、我が家で夕食…ということになりました。

独り暮らしをしていた時は、毎日、殆ど自分で夕食の支度をしていたのに。
たった一人分を。

お味噌汁は煮干しからダシをとって…(鰹節は高くて、貧乏劇団員には買えませんでした汗-GL )。
レトルトの物は極力使わずに作る。私はお料理が好きなのだと思っていました。

それが。
筋ジストロフィーの進行とともに。段々と、料理をすることが少なくなりました。
特に私は「顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー」というもので、上肢に障害が出やすいために握力が年々低下してきます。


以前よりも、包丁を握ることが大変になってきたこと。
大きなお皿は力が無くて、洗うことが出来ないこと。

料理の間、立ち続けることが難しいこと。これは、小さな椅子も用意はしてあるのですけれど。
気付くと、椅子から立ち上がっています。

時間の経過と共に、「お料理」は、私にとって苦手な家事の部類に入るようになりました。

けれどね にんじん
ちょっと今日は張り切ってしまいました。
と言っても、カレーライスです カレー

最近は滅多にしない、ジャガイモの面取り。一つ一つ、丁寧に包丁を使います。
ニンニクだって、幾つも(ちょっと多過ぎ?)すりおろしました。


今日は夢中だったせいか、時間の経つのも忘れてお料理に没頭しました。



kaori-人参jpg

PHOTO ST  by kaori


美味しかったなぁ。
楽しいお喋りも、スパイスの一つ。

お料理って、こんなに楽しかったっけ 絵文字名を入力してください

出来ないなら、出来ないなりに。
色んな工夫をして、もう少し頑張れるようにしてみよう。

ただね。
情けなかったのは、カレーライスを作り終えて…気付くと腿が筋肉痛に!
本当に、工夫が必要です。

夫のためにも、自分のためにも。

先ずは、最近、特に怠けているストレッチを再開して、ちょっと身体を鍛えましょう。
そして、ちゃんとしたお料理再開です。(予定)

ガーデニングに加えて、また一つ。

生活改善の目標が出来ました。



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2010/01/25 23:35 | 筋ジストロフィーCOMMENT(8)TRACKBACK(0)  TOP

ガーデンシクラメン

本当に、ここのところの私はどうかしていた。

「どうかしていた」なんてものじゃない。

2009年12月の一ヶ月間、非現実的な空間に居たせいで…私の頭は混乱して…心までも本当にオカシクなってしまった。


私の趣味は「ガーデンニング」 薔薇 のはずだったのに…。

今の庭は荒れ放題。
その荒れ果てた光景を見ても「何も感じない」。

何をどう考えて生活すれば良いのか…それすらも分からなくなっていた。

けれど。
ふと、ある日の帰宅時に目に入ったガーデンシクラメンのコンテナ。
放りっぱなしで、全く手を掛けず、そこに何かが植わっていたことさえ忘れている。

それが。
元気の良いシクラメンが、コンテナの半分を白で埋めて、その場だけを華やいだ空気にしていた。

そうか。
ゴメンね。アナタ達の存在も忘れていたと言うのに、こんなにも毅然と咲き誇っている。白い花を真っすぐに、空に向けて。

しっかりしよう。
生活を立て直そう。

「誰かに言われて」ではなくて、初めて…心から本気でそう思った瞬間だった。

気付けば、部屋は乱雑で…とても急なお客様を部屋には通せない。
これではいけない。駄目になってしまう。

健気なガーデンシクラメンは、私に教えてくれた。

いつまでも浸っていないで、頑張ろう!前に向かって進んで行こうよ!

そうだよね。去年の春には、こんなに手を掛けていたアナタたちだもの。




去年のシクラメン




有難う。
思い出させてくれて。

頑張るね、前を向いて。

これから解決していかなければならないことは、沢山ある。
私には「com-pass 女性筋疾患患者の会」の仕事もある。

白い花だけが残ったコンテナ。

きちんとお花を植えたら、また写真を載せよう。

何色を組み合わせようかな。楽しみだわ。

これまでも、きちんと出直すことを誓ったつもり。
その「つもり」を「行動に移そう」と決心させてくれた健気なガーデンシクラメン。



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2010/01/24 23:30 | 独り言COMMENT(4)TRACKBACK(0)  TOP

目が覚めました…

やっとやっと。

ようやく。

皆様のお陰で。


目が覚めました。

本当の意味で、「皆さんからのメッセージ」が理解出来ました。


私は、感情的になって…dariaさん言うところの「頑張りどころを間違えて」、大きな過ちを犯すこところでした。
意地になっている場合ではなかったのでした。

父の検査は二度しか行われていないこと、何のデータも開示されないこと、父の状態に対し説明不足であること。
医師の、これらへの抗議と、父の身体に対する配慮がゴチャマゼになっていました。

優先順位が分からなくなって、何が一番大切なことかも分からなくなって。
勿論、今は分かります。

一番、大切なのは「父の身体」。そして、今後の父の身の振り方です。


現在は、事務的な手続きと今後の父については、きっちり分けて物事を考えて進めています。
本当に、皆様のお陰さまです。有難うございました。


そして。

昨日、マーレでお世話になったMamikoさんが、一時的に帰国するとのことで、父を見舞って下さいました。
12月の末にお別れして以来、感動の再会。
…うーん、正確には…とっても不思議な感覚でした。

あの時間、あの空気、あの混乱を共有していた人と、「日本」で再会する。
「日本に帰ったら、お父さんのお見舞いに伺います」と言って下さってはいたけれど。

それが実現するなんて。
本当に律義で情のある彼女。



麻実子さんと父

(写真掲載は、ご本人に了承を得ています)



私は、父がMamikoさんを認識出来るとは思っていませんでした。

けれど、ひどく驚きました。
Mamikoさんが、父の病室に入り…。

「こんにちは。お元気ですか?」

そう声を掛けたら、父は…。

「NO!」

そう答えました。

彼女の声を覚えている。
マーレでは、24時間、英語の中に居た父は英語で返事をしていました。(その英語が正しいかどうかは別にして)
父がマーレの病院に居た17日間、殆ど毎日、私に付き添って病室に居てくれたMamikoさん。

そのMamikoさんの「声」を覚えているなんて…。
帰国してから、父は英語で答えることは無かったのです。
それが。
彼女の最初の質問の返事が、英語だなんて 汗

私は少し、光が見えたような気がして気持ちが温かくなりました。
「一生、意識障害が続きます」
そう宣告された父だけれど、まだ希望は捨てていないのです。

それは、検査が二回しか行われていない点に併せて、データの開示がされていないことも理由の一つですけれど。

その、私の不安にちょっとだけ…。
希望の光が見えた気がした、嬉しい瞬間でした。



花とランプ



Mamikoさんに頂いたお見舞いのお花は、病室に居る間は父に見えるようにして。
そして家のリビングに飾りました。父の回復を願って。


このお花も、父と同様、長生きをしてくれますように 絵文字名を入力してください




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2010/01/23 23:23 | 父子モルディブ旅行COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

心の伝え方

今回の父の一連のことについて、私は「綴る順番」…そして、「綴る内容」を間違えてしまったみたいです。


今日も…「心の伝え方」、間違っているかもしれません。
けれど、dariaさんに指摘して頂いた点、私の気持ちを伝えたくて。

単なる「言い訳」かもしれません。言い訳でしょうね。
未だに「現実」を受け止めきれていないのだから。


「頑張りどころを間違えないで」というdariaさんのアドバイス、しっかり受け止めました。
意地を張るのは止めました。

正攻法で、きちんと「父を守るべく」…今日から物事を進めています。



2009年12月10日。

余りにも衝撃的なことに遭遇して。
いつ帰国出来るかも分からない、不安定な日々に動揺して。
父のこと、自分のこと。

帰国するまで、必死でした。
ただ黙っていたら、帰国出来る日は来ない。
何度も何度も保険会社に交渉をして…ようやく「年内帰国」が可能になりました。


そして、年内帰国が実現した今。
起きたこと。そんなこんなを、全て伝えたい。
感謝の気持ち。心配を掛けた皆さんへのお詫びの気持ち。

何から。
どこから。
どうやって。

どう伝えれば良いのか。
その整理が出来ないまま文章にしてしまったので、とても伝わりにくく…読んで下さる方に不愉快な思いをさせてしまったのだと思います。


日本で私たち親子を心配して下さる方達の「気持ち」は、実際に涙してしまう日もあるほど伝わってきました。感じてもいます。申し訳ないほどに。


父が倒れてICUに入って間もない頃。

「私さえ、父を南の島に誘わなければ…」
「父を、こんな風にしたのは私なんだ…」
「親孝行とは、単なる私の自己満足だったのか」

一人でホテルの部屋に戻ると、自分を責めて…気分の沈む日が続きました。




ベッド



けれど。
父が入院して一週間ほど経ったある日。隣のベッドの脳死状態であった若者が亡くなりました。気が変になるかと思う程のショック。

モルディブでは、「死」は一つの通過点。死後の世界は、とても「素晴らしい世界」なのだそうです。
だから。
青年の死は、悲しみではない。旅立ちの日。


彼の死を目の当たりにした日から。
私は自分を責めて、悲しんでいる場合ではないことを悟りました。

私は、「覚悟をして」父と旅に出た。
「何が起きても後悔はしない」と心に誓って。

父が現世を去るには早過ぎる。ICUで命を取り留めたのだから。
だったら生かさなければ。

その為に、必死でマーレでの時間、帰国してからの時間は動いていたつもりです。

けれど、それが「つもり」でしか無かったのだと、dariaさんに気付かされました。

今は現実を見つめて、正しく交渉をしていくべきなのだと。

先ずは一から。
スタート地点に立って、父の主治医と向き合って話してきます。

何故、検査もされず、治療もされず、個室に置かれたままなのか。
データの開示を求めて、納得のいく説明を求めてみます。
そして、「胃ろう」が本当に父に必要な処置だと言うならば。

父のことを一番に考えて素直になろうと思います。
父を守るために。

私は「本当のことが知りたい」のです。…それだけです。

その医師が、人間らしい「医師」であることを願って止みません。





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2010/01/22 01:00 | 父子モルディブ旅行COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

一晩、考えて…

昨日のエントリーに関しては、皆様に大変ご心配頂き…そして、ご忠告も頂き、本当に感謝しています。

昨夜、病院から戻り、皆様から頂いたメッセージを、何度も何度も読んでみました。

繰り返し読む内に、朝になりました。




病院前




今から少し寝て…そうして又、考えてみます。

今の私は、メッセージを読んで…そうして…。簡単に。


「そうか。成る程ね!そう考えればいいのね!」

…と、答えは出せません。

確かにふざけた文章に、気分を害されたかと思います。その点についてはお詫びします。



そうして。

「こちら側に居る皆さん」に対しても、私は抱えきれないくらいの感謝をしています。
「有難う」の想いでイッパイです。

本当に、ご心配をお掛けしました。


だけれど。
父の病院側の対応に関しては、どうしても納得がいかないのです。
現在は、セカンドオピニオンを考えています。信頼出来る、私の主治医に相談してのことです。

皆さんの心あるメッセージ、一つ一つ、きちんと胸におさめて。

お返事をしたいと思います。


本当に有難うございます 絵文字名を入力してください





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2010/01/21 08:23 | 父子モルディブ旅行COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

その手には乗らないわ…

ああ。

もう、今の私の頭の中は…父を無事に病院から連れ出すこと。
何のデータも手元にないのに「全く、治療の手立てはありません!」と言い切る医師の言葉を鵜呑みにすることは出来ません。
脳梗塞の痕跡があるというならば、その対処方があるとの可能性を信じて、転院先の病院を見つけること。

あんなに大きな病院で、チーム制を組んでいるというのに関わらず、これまで、たった一人の医師としかお会いしていないことが不思議。主治医制度を取っていないなら、何故わざわざS医師にしか面会出来ないのでしょう。

彼は、とにかく父の胃に穴を開けたくて仕方ない様子。
この処置自体は「胃ろう」と言って、口から食事を採る事が出来ない人の為の適切な処置らしいのですけれど。

本当は、父にとってもその方法は良いことは分かっています。
ただね。
胃に穴を開けられたまま、ナースステーションからあれだけ離れた個室に「放置」されていたのでは、治るものも治らない…と不安になります。

騙されないぞ。
その手には乗らないぞ。

そんな事ばかり考えてしまいます 汗-GL

よくないわ。
こんな嫌なことばかり考えていたら…美容と健康に絶対によくない。

身体中を「ストレス」という塊が、駆け巡っているような気がします。もう、実感として。



看護師と




マーレの病院では、医療の遅れは否めないものの、真心のこもった手厚い看護をして下さいました。

しかし、この写真!アハハ!

一番前に映っている私の顔が大きいのは仕方なしとして…。
後ろの看護師のお二人。お顔が小さ過ぎ!!!

当初…「Open your mouth!」と「Open your eyes!」と叫んでいらしたお二人は…。

私に「日本語ではどう言うの?」と言って下さって。

ある日、病院に行くと。拙い日本語で…。

「TAKAYUKI~ アップ お口を開けて」


「TAKAYUKI~ アップ 目を開けて」

と、言葉を覚えてくれました。

このICUには、アブヴァカルというバングラディッシュ出身の少年(19歳)が居て、いつも天使のような微笑みで私たち親子を見守ってくれました。

けれど、私が本当に一目惚れしたのは、このお方 はーと



三人




そう。Dr.Biju です はーと

ああ、何て素敵。
何て、格好良いの?

ある日のウインクで落ちた私。

Biju は、日本の Insurance company はどうかしている!と言って、一所懸命に尽くして下さいました。



父が救急搬送されて…スーツケースを丸ごと置いてきてしまったカヌフラに、私が独りで荷物を取りに戻った時。リゾートでは…。

「お父様が、来年、また元気にカヌフラに来て下さることが最大の恩返しですよ」
「必ず、来年も又いらしてね」

そう言って、温かな両手で私の手を包んで下さいました。

カヌフラの総支配人と副支配人が温かな言葉をかけて下さいます。
私が、あまりに皆様にお掛けしたご迷惑を想うと…何と言っていいか分からなくなって下を向いてしまった時。



ビーチ




夕景




そうだわ。
私、しっかりしなくては!
そうよ!その手には乗るもんですか!

胃に穴さえ開けてしまえば、こちらのもんだ!(…としか思っていらっしゃらいない様子の医師)

へへん。
その手には乗らないぞ。

あんまり患者を馬鹿にするな 怒

今に見ていろ!と…落ち込んで泣くよりも、将来に光を見出すべく考えた方が良いと思うのです。

父の笑顔を取り戻すべく。
頑張りましょう。



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2010/01/20 01:55 | 父子モルディブ旅行COMMENT(16)TRACKBACK(0)  TOP

不気味

病院に呼ばれました。

主治医から、患者さんのご家族にお話があります…と。

弟が私を車で迎えに来てくれて。
医師との約束の15分前に、父の病室に着きました。

それから1時間半。
病室には、父と弟のイビキだけが響いています。

医師との約束で、時間通りに呼ばれることがないことは承知しています。
何とも、暖かく平和な午後…。

けれど。
ナースステーションで、主治医の言った内容は。

「今後、お父さんは二度と元のお父さんには戻りません」
「療養施設を探しましょう。資産の整理をして下さい」

父が治る…と、信じていた私には…ひどく衝撃的な宣告でした。

お見舞いに行くと、いつも静かに黙ったまま…沈黙の個室でジーッと天井を見つめている父。

「お父さん!」と、話し掛ければ、どうにか会話は成立します。
いつもの父ではないけれど。声も弱々しいものだけれど。
お友達の名前もハッキリ覚えているし、ここがどこかも理解している。

それなのに。

何がどうして、どうなったから「元のお父さんには戻りません」なのか。

主治医に失礼かとは思ったけれど、何度かその根拠を尋ねてみました。

「脳に梗塞の痕跡はあるけれど、それが原因ではありません」

………。
では、どうして?

その答えは明確には医師から返っては来ませんでした。

とにかく、早急にやらなければいけないことは。
父の胃にチューブを通して、食事を採らせること。

「同時に嚥下(えんげ)の訓練もしていきますが、本人にやる気がなければ、そのまま一生チューブから栄養を採る形になります。胃に穴を開けると言っても、そんなに大袈裟な話ではありませんから」

「治す」話ではなくて。
「殺さず、生かしておくための」話です。

いともアッケラカンと話される医師の顔を…ボーっと私は見つめていました。



4_20100118151116.jpg

(カヌフラの月)



ただ。
帰宅途中の車の中。ショックから我に返った私は気付きました。

医師は、カルテもCTの画像も、肺炎のレントゲン写真も、血液検査のデータも…何一つ、示していない。

今の世の中、医師と患者が一(医師)対二(患者の家族)の形で、人生を左右するような話をする訳がない。
後で、言った言わないの話になった時、ややこしいことになります。
実際に「ドクターハラスメント」然り、その逆のパターンだってニュースになっていると言うのに。

それに。
「こちらの病院では、主治医制度はとっておりません。チーム制なんですよ」

そう、病室の看護師は言っていたけれど。
今回、父の病状について。私も家族も、話をしたのは、主治医だと言うその医者と、入院当日、同席した看護師の二人だけ。

分からない。もしかすると、私がノイローゼなのかしら?

現在、父が入院している病院は「保険料はお支払い出来ないと思われます」と言った保険会社から紹介された病院。

受け入れて下さったことに感謝はしています。
けれど、CTの検査を年末に一度。脳波の検査を一度。

たった、それだけの検査で「本当のこと」が分かるのでしょうか。

帰国して、父が入院した当日、主治医は言いました。

「余りにも、マーレの病院と、こちらで今撮ったCTの所見が違うので戸惑っているんですよね」
「調べなくてはいけないことは沢山あります」

現在、脳梗塞の痕跡はありません…そう。確かにそう仰った。

謎だらけ。
納得出来ない。
何を信用しろと言うの。

父を見殺しにする訳にはいかない。

冷静に…冷静に。(皆さんのご忠告通り)

「真実」を知るべく。
対処していこうと思います。



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2010/01/18 23:55 | 父子モルディブ旅行COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

理不尽な対応

ここのところ。
父の病院に関するお話しばかりでゴメンなさい。

これは「単なる旅行中の事故」ではなくて。
「人間」の温かさ、理不尽な対応、余りに色々な経験を一度にしたために、記録として残しておきたいという思いから綴っています。


思えば。
私のひどいストレス性による歯の痛みは、父が倒れる少し前からあったのです。
2009年12日10日。

父は、倒れる寸前まで元気でした。
ホテルの桟橋を一人で散歩に行って、エアタクシーに見とれていたり。
飛行機を子供のような目で見つめ、興味深そうに、その周りを離れない様は、いつも通りの元気な父でした。

ああ、この風景とも後一日でお別れだなぁ…と、切なさや色々な感情に浸って居た時に事態が急変しました。



5-1.jpg



プールに足を入れた父は、「イタイ、イタイ」と言って、プールから後ろ向きにズルようにして出てきました。
どうしたの?何度、そう尋ねても訳の分からない言葉のような音を発します。
既に。
この時点で、父の中には何かが起きていたのだと思います。


こうして、カヌフラというリゾートからエアタクシー(水上飛行機)で40分間のフライト。その後。スピードボートと、ボートを乗り継いで…モルディブの首都、マーレの港に着きます。
そして、ようやく父は、港で待機してくれていた救急車に乗ることが出来ました。

モルディブの首都、マーレの病院ではICUに居ても…はじめは元気だったのです。
Dr.Bijuは本当によくして下さった。



病院2

(明るく、誠実でパワフル!こんなに熱いDrに担当して頂けて幸せ!)



ただ…。保険会社は「既往症」を理由に、保険の支払いは「難しい」と言っています。

「この、エー○保険という Insurance company(保険会社)は、クレイジーだ。どうかしている。
僕のところには、この Insurance から来た書類がもう10cmの高さになっているよ 怒ってるんだ
だけどね、イイ!僕は君たち親子の為に仕事を片付けるよ!書類をやっつけてやる!」

そうして、ウインクをして去っていく…チャーミングな Dr なのです。

ICUでの24時間看護。いつも父を見守って、懸命に診て下さいました。



5_20100118151553.jpg

(カヌフラの月。海に光の線を描いています)



父は意識障害はあるものの、話し掛ければ答えるほどにしっかりしていました。

それが、一週間ほど経った頃から、ICUの看護師に「父はどう?」と聞いても、「always sleeping アイコン名を入力してください 」と溜め息をつかれるようになります。

その頃からです。
Bijuの方針が変わったのは。

入院した頃。

「お父さんは大丈夫!一週間程でICUを出ることが出来るから、そうしたら個室に移ろう。フライトに耐えられる体力がついたら帰国出来るよ

10日ほど経って。そう言っていたBijuの方針は再度、変わりました。

「至急、帰国して日本での治療が必要」と。

脳に「血の塊」と「梗塞」が見つかったという理由です。

それまで、日に何度も日本から電話をしてきては…警察の取り調べのような威圧的な態度で私を不愉快な気持ちにさせていた Insurance の担当者から、パタリと連絡が途絶えました。

なぜ?
これだけ緊急な状態であるのに。
私はこちらから、保険会社に対して電話をかけました。

「父を至急、日本に返す必要がある。手配をお願いします」

慌てて電話をする私に、愕然とする回答。

「今、年末ですもんね。チケット、取りにくい時期なんですよね。そこで提案なんですけれど、Air ambulanceといって、飛行機をチャーターするんです。マーレからシンガポールまで。そこからJALで日本に帰る方法が最適だと思いますよ」


Air ambulance とは、飛行機の救急車。飛行機を一台、チャーターするだなんて!庶民を相手の、適切な方法とはとても思えません。500万円かかるのですから!たった、シンガポールまで行くだけで!

誰が、そのお金を出すの?アナタ達は出したくないんでしょ?

そして。

スリランカエアラインは、我々の間では最悪なエアラインと考えています。そんな信用のおけない飛行機に、お父様を乗せることは出来ません。シンガポールエアラインが最適なので、そちらをあたります。
ただね。シンガポールの場合、待機期間が一週間ある上に、病人を乗せられるかどうか、非常に審査が厳しいんですよ。
おまけに、この時期でしょう。時期も悪いですよね」

今が「年末」だなんて誰でも知っているわよっ 怒


年内に帰国することが出来なければ、父は確実に…早い段階で廃人になっていたはず。

時期が悪いのは。そんなこと!常識でしょう。今更、何を言っているの?
じゃ、年内の帰国は無理だと言うのね。


そこから、余りに理不尽な理屈にを聞いていた為に、私の意識は朦朧としはじめて。
そして数分後、シャキン!となった。

「人の命がかかっているんですよ!今、エアラインのランクづけをしている場合じゃないでしょう!」


父が倒れてから二週間。
その間、何をしていたのでしょう。

27日に、どうしても飛行機に乗りたい!という私たちの要望に対して、OKが出たのは25日でした。
この時の安堵感。
年内に帰国出来るかどうかで、事情は随分と変わってきます。

身体中から力が抜けていきました。

父の移送のため、日本からいらして下さった医師と看護師は、信頼出来そうな印象のお二人でした。
実際に、心のこもった対応をして下さって、大変なご恩を感じています。


だけれど。

問題は、保険会社の指定してきた「その病院」です。
父が今、入院している病院。 


結局、「あれ程の早急な処置が求められている病人」に対して、殆ど父の検査は行われていませんでした。
カルテもデータも画像もない。

タイトルの「理不尽な対応」。

このままにしておけば、父が廃人になるのは間違いのないことです。

データを示し、やったというなら「画像」を提示し。
納得させて欲しいのです。

私たち家族を。

「人間の命」を、もう少し。大切に考えて頂きたいのです。それだけを願っているのです。




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2010/01/18 01:30 | 父子モルディブ旅行COMMENT(5)TRACKBACK(0)  TOP

二つ目の予告

ハッとした。

今、起きていること。

モルディブの首都、マーレの病院のDrの所見では、父は「脳梗塞」であると。
日本で入院している病院の医師の所見では「確かに梗塞の痕跡はあるが、それが今回の意識障害の原因ではない」と。

この食い違いに、私たち家族は大きな疑念を抱いている。

マーレのDrは、私たち親子のために。最大の力を、惜しまずに貸して下さった。
なのに。
どうして、こういう事態になったのか。

このままでは、Dr.Bijuの誠意はどこに行ってしまうの。
あれほど、日本の保険会社と戦って下さった。莫大な書類の山に押し潰れそうになりながら。



1_20100117040623.jpg



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なのに…。
今、危機に直面している。





そんな時、私は「二つ目の予告」を見つけた。

以前のエントリーに「雑誌の占いで、12月3日に飛行機に乗る機会があるしょう」という占いの記事を見つけて、鳥肌が立った…と書いた。

そして、また一つ。見つけてしまった。

生命保険会社の下さる、それはそれはよく当たると評判の「月ごと」の占いだった。

帰国して、「私たちの12月の運命は、どんなだったのかしら?」…と、ふと思い立ち、捨てようと思ったその占いの紙をもう一度開いた。

そこには。

「12月3日に、飛行機に縁があります。乗ることになるかもしれません」


この困窮した事態の次々と起きる今、「運命だったのだ」と考えることが出来れば。
この「事態」に、何とか立ち向かう勇気を持つことが出来るような気がするのだ。

だって、今、起きていることは「運命」だから。
導かれた道なのだから、自分たちの力で変えていくしかない。運命に逆らって生きるのも、時にはイイんじゃないかしら?

「12月3日に飛行機に乗る運命」

ならば、敢えて立ち向かう。
今、私の手には鋭い剣が握られている。

父を助けるために。救うために。
データの開示をしない医師と、父を寝た切りの病人にしたがっている病院と戦うしかないのだと思う。



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2010/01/16 23:56 | 旅行のことCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

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