2016年という一年

2016年も、残すところ、後二日となりました。
普段なら、切迫した気持ちで大掃除に追われているところですが、今年は「出来ることだけやれば良いや」と半ば諦めの境地です

今年は、本当に「災い」の一年でした
年のはじめはTVの撮影が入っていて充実していました。
ただ、大阪でのスタジオ収録を終えて帰京し、最初の血液内科の受診日に「今、このまますぐに入院して下さい」と衝撃の一言を主治医より告げられたのです。
血小板(血液を止める成分)の値が異常に低下していて、病院以外での生活が危険だと言われました。余りに覚悟がなかったので、「取り敢えず、今日は自宅に帰して下さい」と懇願し、翌日、入院道具を持参して再び病院に戻りました。
本来であれば、ステロイドの服薬により、血小板は徐々に上がっていくものなのなのですが、今回に限っては全く効果がありません

そこで、突如「毎週通院で打つ皮下注射」の提案がされ、考える間もなく実行されました
これは、一生涯、毎週通院して「ロミプレート」という皮下注射を打ち続けるというものです。「一生涯」というところに、負担が大きすぎると感じ、自信は全くなく、抗議はしてみたものの全く無駄でした。

「他に生きていく手段がありますか?」と言われ。

入院生活は一ヶ月に及び、ようやく退院することが出来ました。楽しみだった桜は、もうすっかり花びらを落としていました。
今は、体調が良ければ二週に一度の通院となりましたが、毎週、片道60分、首都高を飛ばしての通院はかなり負担でした。

退院して一ヶ月、そろそろ体力も戻りつつあるかなぁと思っていた矢先、今度は5月に第七胸椎を、6月に第三腰痛を圧迫骨折します
この痛みは言葉で言い表せるものではなく、安静の日々は半年続きました。
今でも「痛み」は完治することなく、動きに制限が出てしまいます。

何のきっかけもなく、はじめはこの強烈な痛みの原因さえ分かりませんでした。ただ当たり前に、日常生活を送っていて骨折するところに、圧迫骨折の恐怖を感じます。

やっとやっと、年末を迎え、2016年の災難はもうお終いね…と油断していたところに、今度は「胸膜炎」と「肺炎」の診断がつきました。
ある夜、ベッドに入ってから、苦しくて苦しくて、息が出来ずに死んでしまうのではないかしら?と思いました。そんな日が三日ほど続いて、血液内科を受診したところ「炎症反応が異常に高く、肺に水が溜まっています」と言われました。
そして、上記の診断名がついたのです。
取り敢えずは、抗生物質で治療することになりました。
今は、高かった熱も微熱まで下がり、咳が残る程度になりました。

この年の瀬に及んでも、まだ安静を指示されているために、今年の年末は気持ちがのんびりとしています
家事を頑張ってはいけないなら仕方ないなぁって…。

ざっと、この一年をまとめてみましたが、私、今年は大殺界の真ん中の年なのです。
これでもか、これでもかと来る災いに打ちのめされた一年でしたが、その分、お友達の愛情が身に沁みて
家族・お友達のご縁には本当に励まされました。あなた達がいなかったら、私はここまで頑張れませんでした。
本当に本当に、有難うございました

来年、最後の大殺界ですが、気をしっかり持って頑張りたいと思います。
皆様、どうぞ宜しくお願いいたします



奈津 恵比寿



2016/12/30 14:30 | ご挨拶COMMENT(2)  TOP

コメント

かすみ様

かすみちゃん、本当に一難去ると、すかさず次の災難がやってくる、不思議な年でしたv-356
もうね、こんな年は一生勘弁して欲しい感じよ^^;
けれど、全然身になっていないところに虚しさを感じるわ。
今年は、病院ででもお会い出来ますように…v-238

No:5408 2017/01/10 13:57 | Natsu #- URL編集 ]

本当に、とっても大変な年でしたね(>_<)

数々の試練との闘い、本当にお疲れ様です。
お体ご自愛下さい

色々な痛みや不安を乗り越えた事で、以前に増して優しく頼もしくなられているのでは…。今度お会いする日が楽しみです。


No:5407 2017/01/01 16:17 | かすみ #- URL [ 編集 ]

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