清水の舞台から飛び降りる…想い (京都 回想録)

今回の京都の旅。

父の病気平癒のお願いもありましたけれど、私自身のお清めもしたかったのです。

マーレの病院では、父の隣のベッドの若者が亡くなる場面に居合わせました。

その後に入院された年配の方。心音停止を知らせる音を機械がピーピーと響かせるなか、お嬢さんの鳴き声。
加えて、コーラン(イスラムの聖典)が流れるカセットテープ。この音が悲しげで、私は辛かったのです。

ある日の夕方、ICUの廊下の椅子でお嬢さんと目が合いました。
言葉は分からないはずなのに、彼女の話す言葉を聞いて…私は思わず微笑んで「おめでとう!」と言いました。
彼女の顔は、輝くほどの笑顔でした。
その方は、一週間ほどICUにいらしたと思います。
お嬢さんの笑顔を見た翌日、一時危険な状態を乗り切ったお父様はICUを出ていかれました。

けれど、今、父が入院している病院では、奥に霊安室のあるエレベーターに乗らなければ、父の部屋には行かれないのです


そんな理由もあって、私は「清水寺の音羽の滝」を目指しました。
病気平癒に効果のあるという「お水」を頂きたかったのです。

けれど、何と言っても「清水寺」。
どうやって、あの高い境内に上がるものか。勇気と気合いが要ります。はああ。



清水寺1



直接、清水寺に電話をかけました。
そうしたら!

「車椅子でもご参拝出来ますよ」

信じられない言葉でした。日本は良い国だなぁ。車椅子で、あんなに高い所まで登れるんだもの。
そして。
今、正に「清水の舞台」に立っている…。(座っている…)



清水寺2



けれどね。車椅子と言っても、注意が必要です。
坂の多いお寺の道中。押して下さる方が屈強でなければ、疲れた時、坂を下っていってしまうかもしれません。

なので、私のお勧めは「電動車椅子」です。これなら、一人でも行かれます。
ちゃんと、車椅子専用のスロープも付いていますしね



清水寺3




清水寺4



足が悪くなっても、又、ここに来られたことの感動。
「登ることが出来ない」と思い込んでいたけれど、本当に、日本は障害者に配慮した国なのだなぁと思います。


下から見上げて、更に感慨を深くします。


清水寺5




登った後は、下り。
目指す「音羽の滝」は、坂を下ります。

無事にお水を頂くことが出来ました。



清水寺6



それでも、ここで気を抜く訳にはいきません。
とにかく、車に戻らなければ。

車を降りた時から、身体は痛いほどに肌を突き刺していました。
よくここまで耐えたものだわ!

やっと、辿り着いた「出口」…。


清水寺7



もう、筋肉はカチコチ。動くことが出来ません。

主人が駐車場まで車を取りに言った、ほんの僅かな時間。
私は土産物の店の前で、何を見るともなしに、ぼんやりと立っていました。

その数分後。
誰かと肩が触れただけなのに、私は見事…又もやカエルが如く、ひっくり返っていました

寒さで凍えた足首は、もう感覚もありません。

こういう時こそ、シャキッとしなくてはならないのに…。

仰向けの状態の私を、親切な男性あ数人で抱き起して下さって、どこかへ飛んで行った携帯も拾って下さいました。
こういう時、「痛い」よりも「恥ずかしい」気持ちが先立ちます



清水寺8




美しい「朱」の色。
冬の京都で静かに佇む、その風情には見とれるばかりです。


やっとやっと、苦行を終えてホテルに戻りました。
先にお風呂を済ませて、出てきた私に主人が一言。

「あれ?どうしたの?そのお尻の青痣!」

へへへ。どう考えても、あの土産物屋の前ひっくり返った時の「勲章」でしょう。
お尻に痣は作っても、綺麗にひっくり返っているので、他に外傷はなし。

勲章を付けたまま。明日も京都を周ります。




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2010/02/09 23:59 | 旅行のことCOMMENT(1)TRACKBACK(0)  TOP

身体が固まる (京都 回想録)

知りませんでした。

真冬の京都の、あの冷たさ。

私は生来、暑がりなので、ロングコートはここ十数年、着たことがありません。手袋なんて、クローゼットに美しく飾ってあるし、マフラーを「する」などという行為自体、思い付きません。

それが…

今回は、耐えることの多い旅でした。私の甘い考えを正しく導いて頂く為の「修行」だと思いました。

薄〜い靴下一枚で歩く、お城の廊下の沁みる冷たさ。
ユニクロを二枚重ねで着ていても(東京では有り得ません!私には)、風が身体をスースーと吹き抜けていく冷たさ。

単に「寒い」という言葉では表現出来ません。
京都の女性に「こちらでは『冷たい』って言いますねぇ」と教えて頂いて、ああ、見事にこの「寒さ」を表現したものだなぁと、感心したのでした。

けれど。
皆さん、知っているのですね。

「なっちゃん、冬の京都の寒さを知らなかったのね

と、同じ内容のメールを何通も頂きました

知らぬは、私ばかり…。

そして!
どうして京都はお蕎麦屋さんも、カフェもレストランも、資料館も寒いのでしょう?

ここに入れば救われる!そう、期待して入る建物の中の、これまた冷たいこと。
えええーっっっ。京都の人は寒くないの?

そして、宿泊していたビジネスホテルの支配人に聞くと「今年は暖冬です」と仰った………。暖冬ねぇ………。




雪景色

(京都の最終日は雪でした…)




「com-pass 女性筋疾患患者の会」の会の皆は、「早く暖かくならないかなぁ」と言います。
寒いと筋肉が固まって、とても動き辛くなるのですって。

けれど、私にはその感覚が分からなくて…。
足が悪いために、ちょっと歩くと汗が吹き出します。なので、格好良くロングコートを着たいのだけれど、それは無理。すぐに汗だくになってしまうから。

この京都で、皆の言っている意味がやーっと分かりました。
何度、京都でコケたやら。

筋肉がカチンコチンになって、思うように身体の動かない、しんどさ。もどかしさ。
足が動かないことの辛さを、ここまで思い知らされたのは…初めてかもしれません。

寒さで凍えた身体を温めに入ったお蕎麦屋さん。
この「焼酎蕎麦湯割り」が、どれだけ身体に沁みたことか…。

熱い焼酎が、胃に沁み渡るのが分かります。

蕎麦屋1

蕎麦屋2


お店は粋な作りでした。



蕎麦屋3



部屋の隅には、何やら御目出度い方がいらして…。縁起の良い風情です。

けれど、京都の冷たさを知るのはこれからでした。
翌日は、いよいよ清水寺の音羽の滝へ…あの山の風にさらされます。

さて、覚悟は出来たか!
…と言ったって、音羽の水を頂きに来たのですものね…。

明日は、出陣の日



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2010/02/08 00:10 | 旅行のことCOMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

底冷えする京都

冷たい、冷たい京都に行って参りました。

従姉妹には「今、神頼みをしている場合?」と言われましたけれど、父に対して出来る限りのことは済ませました。
事務的なこと、医師との話し合い、転院の手続き。

後はもう、神様にお願いするしかありません。
どうか、父がよくなりますように。


けれど、こんなにも真冬の京都が冷たいとは…。
知りませんでした。

東京と同じ温度でも、体感温度が5度は違うよ…そう、従姉妹に散々釘をさされ、それでも出掛けずにはいられなかった京都。
父の病気を治して頂く、清水寺の音羽の滝を目指した旅。

けれど、雨女である私は、旅の初日に冷たい雨を降らせました。
車椅子では、屋根のないところに行くことは出来ません。

「屋根のあるお寺さん」
それが、建仁寺でした。

京都、初日に訪ねたお寺。

昔の人は、こんなにも冷たい空気の中で、よくも裸足で廊下を歩いたものだと…寒さを実感しつつ、感心してしまいます。いえ、感心を通り越して、足先は痺れるような痛みを感じます。



建仁寺1




建仁寺2




広いお庭。果てしなく空へと広がる空間と、みぞれ混じりの強い雨。
「自分」と対峙するための、修行のように思えて来ました。



建仁寺3




今回の父の脳梗塞と、こうなってしまった「今」について。京都に居る間…考えさせられました。

数々の仏像のお顔を見つめる内に、己の煩悩を思い知りました。

京都という町。
小学生の時に行って以来。

こんなにも静かで、自分を見つめることの出来る時間になるとは思いませんでした。

「己と対峙する」

厳しく、辛いことではありました。

けれども。
清々しい気持ちになったのも、確かです。




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2010/02/07 01:30 | 旅行のことCOMMENT(6)TRACKBACK(0)  TOP

脳梗塞

やっと…やっと。ようやく。

父がストレッチャーでマーレから帰国した…あの日から約一ヶ月。

父の「正式な病名」が、医師より告げられました。

「脳梗塞」です。


これまで私は、何度も父の脳の中を見て来ました。
脳腫瘍の手術を受けたとき。痙攣発作で倒れたとき。
その都度、MRIの画像を主治医より見せられ、丁寧な説明を受けてきました。

なので、私は大体のことは理解しているのです。
父の脳のことは。

それが。

今回の入院で、初めて見る、右側半分が真っ白になった「脳の画像」。
初めて見る画像です。

一瞬、溢れそうになった涙。


けれど、泣く…という感情に負けてはいけないと思いました。
だって、ようやく辿り着いた…正真正銘、「データ」の提示された結果なのですから。

父が倒れて。
途方もなく長い時間に感じました。

「痙攣発作です。長期療養型の施設を探して下さい」

そう言われてからの、私たち兄弟の葛藤。施設探し。父は、どの程度の施設に入ることが可能なのか。
待機期間は?施設に空きが出るまでどうする?

対処すべきことは片付けていきながら。
けれど、どうしても「本当のことが知りたい」という強い思い。

何一つとして画像データの提示もなく、「お父様は、このまま一生、意識障害が続くと思われます」…。

そう医師に宣告されて、「はい、分かりました」と、そのまま納得する家族が居るでしょうか。

真実を知りたいという、その一念で…今回、本物の「病名」を知ることが出来ました。

「父を守る」という思い。


今回、「脳梗塞」という診断結果によって、急性期の病院に転院可能となりました。


「良くはなっても車椅子の生活になりと思います」


そう医師は言いました。
それでも良いのです。それが「真実」なのだから。

あの右の脳が真っ白になった、あの画像こそが真実なのだから。

私たち家族は、脳梗塞で倒れた父を支えていきます。




そして。
私は今、京都に来ています。

「病気平癒」のお水を頂きに。
「どうか父の意識が、少しでも回復しますように」

祈ることしか出来ません。

これも自己満足。
「親孝行」という名の自己満足だと分かっています。

けれども、何もせずにはいられない。


今日の京都は冷たかった。
夕方には、朝からの強い雨が、みぞれに変わりました。

それでも。
もう少し、お寺参りを続けます。

今しか、頑張ることが出来ないから。
これが、最後の親孝行になるかもしれないから。


ようやくblogを書く時間が取れました。

そういう訳で、私自身は元気なのです。

今しか出来ないことを、精一杯したいのです。


Natsu




2010/02/02 00:41 | 父のことCOMMENT(6)TRACKBACK(0)  TOP

落ちた…

お、お、お、お、恐ろしい…。

それは、確かに私が悪かったのでしょう。ボーっとしていたのだと思います。

夕闇せまる頃…自宅を出ました。
私は車椅子ユーザーでもありながら、まだ歩くことも出来ます。短い距離なら。ゆっくり、ゆっくりと。

我が家は玄関を出ると、7段くらいの階段があるのです。

引っ越してきてしばらく経ったある日。
私は「蒲田行進曲」(つかこうへい作)の「銀ちゃん」が如く、それは見事な階段落ちをしました がーん



PureFocus45_Moon01.jpg

PHOTO ST  by


それ以来。
気を付けていたのになぁ。
手摺りに確実につかまって、一歩一歩、確かめて。

ああ、それなのに。

今、集中力が異常に欠けている状態です。

気付けば。

私は階段を二段踏み外して、思いっきり膝をコンクリートに打ちつけていました。
その後、無様にひっくり返り、カエル カエル のような姿で夫に気付いて貰うのを待ちました。しくしく 涙

いけませんわ!こんなことでは!

しっかりしなくては!

せっかくちょっと、気を持ち直しつつあるところなのだから。

なので、頂いたコメントのお返事は明日にして、今日はもう休みましょう。


もう!落ちないわ!

けれど、一生、あの階段から「落ちない」という保証はどこに???

やっぱり、寒さで筋肉が硬くなっているのでしょうね。
気を張ります。気を付けます。



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2010/01/26 23:55 | 筋ジストロフィーCOMMENT(20)TRACKBACK(0)  TOP

カレーライスで筋肉痛

今日は友達と外で会う予定だったのだけれど、急遽、我が家で夕食…ということになりました。

独り暮らしをしていた時は、毎日、殆ど自分で夕食の支度をしていたのに。
たった一人分を。

お味噌汁は煮干しからダシをとって…(鰹節は高くて、貧乏劇団員には買えませんでした汗-GL )。
レトルトの物は極力使わずに作る。私はお料理が好きなのだと思っていました。

それが。
筋ジストロフィーの進行とともに。段々と、料理をすることが少なくなりました。
特に私は「顔面肩甲上腕型筋ジストロフィー」というもので、上肢に障害が出やすいために握力が年々低下してきます。


以前よりも、包丁を握ることが大変になってきたこと。
大きなお皿は力が無くて、洗うことが出来ないこと。

料理の間、立ち続けることが難しいこと。これは、小さな椅子も用意はしてあるのですけれど。
気付くと、椅子から立ち上がっています。

時間の経過と共に、「お料理」は、私にとって苦手な家事の部類に入るようになりました。

けれどね にんじん
ちょっと今日は張り切ってしまいました。
と言っても、カレーライスです カレー

最近は滅多にしない、ジャガイモの面取り。一つ一つ、丁寧に包丁を使います。
ニンニクだって、幾つも(ちょっと多過ぎ?)すりおろしました。


今日は夢中だったせいか、時間の経つのも忘れてお料理に没頭しました。



kaori-人参jpg

PHOTO ST  by kaori


美味しかったなぁ。
楽しいお喋りも、スパイスの一つ。

お料理って、こんなに楽しかったっけ 絵文字名を入力してください

出来ないなら、出来ないなりに。
色んな工夫をして、もう少し頑張れるようにしてみよう。

ただね。
情けなかったのは、カレーライスを作り終えて…気付くと腿が筋肉痛に!
本当に、工夫が必要です。

夫のためにも、自分のためにも。

先ずは、最近、特に怠けているストレッチを再開して、ちょっと身体を鍛えましょう。
そして、ちゃんとしたお料理再開です。(予定)

ガーデニングに加えて、また一つ。

生活改善の目標が出来ました。



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2010/01/25 23:35 | 筋ジストロフィーCOMMENT(8)TRACKBACK(0)  TOP

ガーデンシクラメン

本当に、ここのところの私はどうかしていた。

「どうかしていた」なんてものじゃない。

2009年12月の一ヶ月間、非現実的な空間に居たせいで…私の頭は混乱して…心までも本当にオカシクなってしまった。


私の趣味は「ガーデンニング」 薔薇 のはずだったのに…。

今の庭は荒れ放題。
その荒れ果てた光景を見ても「何も感じない」。

何をどう考えて生活すれば良いのか…それすらも分からなくなっていた。

けれど。
ふと、ある日の帰宅時に目に入ったガーデンシクラメンのコンテナ。
放りっぱなしで、全く手を掛けず、そこに何かが植わっていたことさえ忘れている。

それが。
元気の良いシクラメンが、コンテナの半分を白で埋めて、その場だけを華やいだ空気にしていた。

そうか。
ゴメンね。アナタ達の存在も忘れていたと言うのに、こんなにも毅然と咲き誇っている。白い花を真っすぐに、空に向けて。

しっかりしよう。
生活を立て直そう。

「誰かに言われて」ではなくて、初めて…心から本気でそう思った瞬間だった。

気付けば、部屋は乱雑で…とても急なお客様を部屋には通せない。
これではいけない。駄目になってしまう。

健気なガーデンシクラメンは、私に教えてくれた。

いつまでも浸っていないで、頑張ろう!前に向かって進んで行こうよ!

そうだよね。去年の春には、こんなに手を掛けていたアナタたちだもの。




去年のシクラメン




有難う。
思い出させてくれて。

頑張るね、前を向いて。

これから解決していかなければならないことは、沢山ある。
私には「com-pass 女性筋疾患患者の会」の仕事もある。

白い花だけが残ったコンテナ。

きちんとお花を植えたら、また写真を載せよう。

何色を組み合わせようかな。楽しみだわ。

これまでも、きちんと出直すことを誓ったつもり。
その「つもり」を「行動に移そう」と決心させてくれた健気なガーデンシクラメン。



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2010/01/24 23:30 | 独り言COMMENT(4)TRACKBACK(0)  TOP

目が覚めました…

やっとやっと。

ようやく。

皆様のお陰で。


目が覚めました。

本当の意味で、「皆さんからのメッセージ」が理解出来ました。


私は、感情的になって…dariaさん言うところの「頑張りどころを間違えて」、大きな過ちを犯すこところでした。
意地になっている場合ではなかったのでした。

父の検査は二度しか行われていないこと、何のデータも開示されないこと、父の状態に対し説明不足であること。
医師の、これらへの抗議と、父の身体に対する配慮がゴチャマゼになっていました。

優先順位が分からなくなって、何が一番大切なことかも分からなくなって。
勿論、今は分かります。

一番、大切なのは「父の身体」。そして、今後の父の身の振り方です。


現在は、事務的な手続きと今後の父については、きっちり分けて物事を考えて進めています。
本当に、皆様のお陰さまです。有難うございました。


そして。

昨日、マーレでお世話になったMamikoさんが、一時的に帰国するとのことで、父を見舞って下さいました。
12月の末にお別れして以来、感動の再会。
…うーん、正確には…とっても不思議な感覚でした。

あの時間、あの空気、あの混乱を共有していた人と、「日本」で再会する。
「日本に帰ったら、お父さんのお見舞いに伺います」と言って下さってはいたけれど。

それが実現するなんて。
本当に律義で情のある彼女。



麻実子さんと父

(写真掲載は、ご本人に了承を得ています)



私は、父がMamikoさんを認識出来るとは思っていませんでした。

けれど、ひどく驚きました。
Mamikoさんが、父の病室に入り…。

「こんにちは。お元気ですか?」

そう声を掛けたら、父は…。

「NO!」

そう答えました。

彼女の声を覚えている。
マーレでは、24時間、英語の中に居た父は英語で返事をしていました。(その英語が正しいかどうかは別にして)
父がマーレの病院に居た17日間、殆ど毎日、私に付き添って病室に居てくれたMamikoさん。

そのMamikoさんの「声」を覚えているなんて…。
帰国してから、父は英語で答えることは無かったのです。
それが。
彼女の最初の質問の返事が、英語だなんて 汗

私は少し、光が見えたような気がして気持ちが温かくなりました。
「一生、意識障害が続きます」
そう宣告された父だけれど、まだ希望は捨てていないのです。

それは、検査が二回しか行われていない点に併せて、データの開示がされていないことも理由の一つですけれど。

その、私の不安にちょっとだけ…。
希望の光が見えた気がした、嬉しい瞬間でした。



花とランプ



Mamikoさんに頂いたお見舞いのお花は、病室に居る間は父に見えるようにして。
そして家のリビングに飾りました。父の回復を願って。


このお花も、父と同様、長生きをしてくれますように 絵文字名を入力してください




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2010/01/23 23:23 | 父子モルディブ旅行COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

心の伝え方

今回の父の一連のことについて、私は「綴る順番」…そして、「綴る内容」を間違えてしまったみたいです。


今日も…「心の伝え方」、間違っているかもしれません。
けれど、dariaさんに指摘して頂いた点、私の気持ちを伝えたくて。

単なる「言い訳」かもしれません。言い訳でしょうね。
未だに「現実」を受け止めきれていないのだから。


「頑張りどころを間違えないで」というdariaさんのアドバイス、しっかり受け止めました。
意地を張るのは止めました。

正攻法で、きちんと「父を守るべく」…今日から物事を進めています。



2009年12月10日。

余りにも衝撃的なことに遭遇して。
いつ帰国出来るかも分からない、不安定な日々に動揺して。
父のこと、自分のこと。

帰国するまで、必死でした。
ただ黙っていたら、帰国出来る日は来ない。
何度も何度も保険会社に交渉をして…ようやく「年内帰国」が可能になりました。


そして、年内帰国が実現した今。
起きたこと。そんなこんなを、全て伝えたい。
感謝の気持ち。心配を掛けた皆さんへのお詫びの気持ち。

何から。
どこから。
どうやって。

どう伝えれば良いのか。
その整理が出来ないまま文章にしてしまったので、とても伝わりにくく…読んで下さる方に不愉快な思いをさせてしまったのだと思います。


日本で私たち親子を心配して下さる方達の「気持ち」は、実際に涙してしまう日もあるほど伝わってきました。感じてもいます。申し訳ないほどに。


父が倒れてICUに入って間もない頃。

「私さえ、父を南の島に誘わなければ…」
「父を、こんな風にしたのは私なんだ…」
「親孝行とは、単なる私の自己満足だったのか」

一人でホテルの部屋に戻ると、自分を責めて…気分の沈む日が続きました。




ベッド



けれど。
父が入院して一週間ほど経ったある日。隣のベッドの脳死状態であった若者が亡くなりました。気が変になるかと思う程のショック。

モルディブでは、「死」は一つの通過点。死後の世界は、とても「素晴らしい世界」なのだそうです。
だから。
青年の死は、悲しみではない。旅立ちの日。


彼の死を目の当たりにした日から。
私は自分を責めて、悲しんでいる場合ではないことを悟りました。

私は、「覚悟をして」父と旅に出た。
「何が起きても後悔はしない」と心に誓って。

父が現世を去るには早過ぎる。ICUで命を取り留めたのだから。
だったら生かさなければ。

その為に、必死でマーレでの時間、帰国してからの時間は動いていたつもりです。

けれど、それが「つもり」でしか無かったのだと、dariaさんに気付かされました。

今は現実を見つめて、正しく交渉をしていくべきなのだと。

先ずは一から。
スタート地点に立って、父の主治医と向き合って話してきます。

何故、検査もされず、治療もされず、個室に置かれたままなのか。
データの開示を求めて、納得のいく説明を求めてみます。
そして、「胃ろう」が本当に父に必要な処置だと言うならば。

父のことを一番に考えて素直になろうと思います。
父を守るために。

私は「本当のことが知りたい」のです。…それだけです。

その医師が、人間らしい「医師」であることを願って止みません。





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2010/01/22 01:00 | 父子モルディブ旅行COMMENT(2)TRACKBACK(0)  TOP

一晩、考えて…

昨日のエントリーに関しては、皆様に大変ご心配頂き…そして、ご忠告も頂き、本当に感謝しています。

昨夜、病院から戻り、皆様から頂いたメッセージを、何度も何度も読んでみました。

繰り返し読む内に、朝になりました。




病院前




今から少し寝て…そうして又、考えてみます。

今の私は、メッセージを読んで…そうして…。簡単に。


「そうか。成る程ね!そう考えればいいのね!」

…と、答えは出せません。

確かにふざけた文章に、気分を害されたかと思います。その点についてはお詫びします。



そうして。

「こちら側に居る皆さん」に対しても、私は抱えきれないくらいの感謝をしています。
「有難う」の想いでイッパイです。

本当に、ご心配をお掛けしました。


だけれど。
父の病院側の対応に関しては、どうしても納得がいかないのです。
現在は、セカンドオピニオンを考えています。信頼出来る、私の主治医に相談してのことです。

皆さんの心あるメッセージ、一つ一つ、きちんと胸におさめて。

お返事をしたいと思います。


本当に有難うございます 絵文字名を入力してください





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2010/01/21 08:23 | 父子モルディブ旅行COMMENT(0)TRACKBACK(0)  TOP

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